一部始終

テーブルの上に出しっぱなしの受験票を横目で見てしっかりと受験番号を覚えつつも、写真を撮ったりはしなかった。なんとなく「決定的なもの」を持っておきたくなかったからだ。発表はまずWebで行われる。受験生マイページといったものにログインする必要はなく、大学のサイトに合格者番号を列挙したPDFがアップロードされる。午前中は何とも思わずに過ごしたのに、昼休み明けの13時、ふと「あと1時間か…」と思ってしまったらもうダメだ。途端にどきどきし始めた。14時を意識してはいけない。気が付いたら過ぎていた、というのが一番いい。意識してはいけない…と思っているのに、ミッツ・ベリーさんが「2時から会議なので席を外します…」と一言、5分前に席を立った。あと5分じゃん、カウントダウンしちゃうじゃん、ガッツリ意識しちゃったじゃん!もう仕方ないので、14時になるなり大学サイトにアクセスし、所定のPDFファイルを開く。この時の心境はあまり覚えていない。なんだか事務的に淡々と、ためらうことなくダブルクリックしたような気がする。 しかし、ひとつひとつ番号を追う時はさすがに緊張した。こんな早い番号じゃない、二列目だ、もう少し下の方…

「合格」 「してる」

がくがくしながら、テレワーク中のオトノ様にLINEした。14:01だった。すぐに「うそやろ」と返信が来る。でも、私はちゃんと覚えている。写真は撮っていない。手元に確たる証拠の品はない。だけど、私はちゃんと覚えている。この番号だと、確実に。画面中央より少し下、確かにオシメ様の番号はあった。

朝、オシメ様を送り出したあと、「あんまり期待するなよ」と、オトノ様にくぎを刺された。いつだってオシメはあと一歩のところで残念だったやんか、今回もそのくらいに思っといたほうがダメージは少ない、俺は最悪の状況を考えてるから、と。昨年、英語スピーチの府大会に出場したときも、さすがに1位の子には及ばないとは思ったが、審査員の好意的な反応、デリバリーパフォーマンス、スピーチの内容ともに「これはいける!」と思ったのに3位入賞はならなかった。プレゼンテーション大会にチーム出場して全国5位入賞したのに、その時ネクタイをしていなかったというだけで、学校パンフレットに掲載された受賞時の集合写真は、オシメ様は右腕しか写っていない。中学受験のとき、算数以外は合格基準点を満たしていたのを確認したときは、泣けてしかたなかった。…そう、確かにあと一歩まで来ているのに。あんなにがんばっているのに。「勝ち切らない子だな」と思ったことはあるし、オシメ様自身、「オシメ、2位ばっかりや」と言って泣いたこともあった。だから、今回もそのくらいに思っといたほうがいい。オトノ様の忠告は正しい。

オトノ様から受験票と合格番号のPDFを並べて撮った写真が送られてきた。何度も見る。同じ、同じ番号。 オシメ様は自分のPCを持っていかなかった。私が写真を撮らなかったのと同じ理由だろう。彼女はいつこれを知るのだろうか、と思っているうちに、メールが来た。友だちのPCを借りたようだ。

「受かってる…?」 オトノ様が返す「おめでとう」。

情けないことに、あれからずっと手の震えが止まらない。気持ちがふわふわしている。もう、来週のA大も、1月の共通テストも、2月のB大も、今回の大学の一般入試も、受けなくていい。3月まで埋まっていたスケジュールが一気に白紙になって、足元の地面がなくなったみたいだ。「急で申し訳ないんですけれど」と、早退することにした。

オシメ様から連絡があるまで、オトノ様と2人、リビングのソファでただぼーーーっと天井を見上げていた。2人とも実感がない。学校の最寄駅まで迎えに行った。車に向かって歩いてくるオシメ様は、こうまで変わるのかというくらい明るく華やかな表情をしていた。

本当におめでとう。