『25時、赤坂で』というBLの主人公 麻水さんは恋人の白崎くんの誕生日に香水を贈る。「アクセサリーはつけないから(中略)何か側にずっとつけておけるものを」と。そして、白崎くんはその香りをまとい仕事場へ向かう。そんな彼に思いをはせて、麻水さんは願うのだ。「(あの香りが)少しでも君を強くするものであったら」と。
たかが香水、されど香水。そんなものに勇気づけられることは確かにある。8年前、入社以来十何年過ごした人事部を離れ、経理に異動になったばかりのころは、毎日が緊張の連続だった。右も左もわからない落下傘トップ、なまじ社歴が長いだけにゼロから教わるわけにも行かないし、こちらも少々のプライドがあるから自分で何とかしたいとも思う。常にピリピリして、わからないことをわからないなりに間違えずに判断するにはどうしたらいいかと気を張ってばかりいた。
それまで香水は、気が向いたらたまに付ける程度のものだった。加減がわからないので、いつも、シュッシュと2回ほど天井に向けてプッシュし、その霧を頭から浴びる程度のものだったのに、仕事の合間合間にふと香る。それを感じると、ちょっとテンションが上がる。自分をさらに上向かせるような、そんなアイテムだった。
異動したばかりのころは違った。香りは、ともすればネガティブになって下へ下へと沈んでいきそうな気分を一定水準に持ち上げてくれるものとなった。うっかり2プッシュの霧を浴びずに家を出た日、「あ、香水忘れた!」と気づいた瞬間に自分でもどうかと思うくらい落ち着かなくなって、香水を付けに帰ったことがあるくらい、私を支えるものだった。香水は確かに私を「少しだけ強く」するものだった。
当時使っていたのはペンハリガンの「エンディミオン」。彼に何度背中を押してもらったことだろう。業務を覚えていくとともに、いつしか香水を付けなくても平気になっていったが、それまでの間、あの不安定だった私をずっと支えてくれた。
このたびオシメ様は、地方の大学を受けるため前泊することになった。荷物の準備について熱心に説く。筆記用具も受験票も明日のパンツも大事。けれど、「いつも使っている化粧品とか、そういうの忘れちゃダメ」と。
受験生に化粧品を忘れるななんて言う親、ウケる~とオシメ様は笑う。でも私は知っている。そういったものが、緊張を強いられる場で自分を少し強くしてくれることを。