自宅にPCを持ち帰るにはFGLの許可がいる。オトノ様とオシメ様にテレワークと言っている手前、持って帰れないのはマズいなと思っていたら、FGLから「休みやのに申し訳ないけど、会議前に最終対応をお願いするかもしれないからPC持って帰っておいてくれる?」と言われた私はラッキーだ。木曜日の夜、2人で残業してなんとかギリギリ翌日の会議資料を完成させたものの、直前の手直しなどが見つかるかもしれないというFGLの心配はごもっとも。
実を言えば、この日、何か用事があって休みを取ったわけじゃない。別に出社しても構わないのだ。が、それはそれで気が進まなかった。「1年間で最低6日間の有休+3日間の特別連続休暇を必ず取得すること」という人事部からのお触れに従って、学校行事が入りそうな日の休みをまず確保したうえで、決算期や月次の締め日、他のメンバーと重ならない日などをよけていくと、おのずと休める日は限られてくる。私は会議には出席しないので、資料さえできてしまえば当日はむしろ用無しであり、休みを入れやすい。しかし、この日が休みであることをオトノ様やオシメ様には言いたくなかった。
こうして図らずもPCを持って帰れることになり、私のテレワーク偽装は完璧だ。FGLからの問い合わせがあるとしても、会議が始まる10時までのこと。そのあとはめでたく私だけの休暇だ。さて何をしよう。「エゴイスト」見に行ってやろうかな。PCをカバンに詰めながら、気が付いた。ちがう、「エゴイスト」は後回しでいい。私、何を置いてもまずは八坂神社に行かねばならないんだった。
昨年から始まったある試みが、つい先日ひとつの区切りを迎え、来月からは新しいステージに入る。いよいよ本格的に物事が進んでいくのだ。その前に”儀式”をしておかなければならない。
手水舎の水は止められてはいなかった。水盤からは水があふれているが、前回と同じく柄杓はない。観光客はかなり増えていて、阪急京都河原町駅からいつものとおり四条通の南側を行くときも、ゴロゴロを引いた人が幾人もいた。八坂神社の正面では、そういうアクティビティがあるのか、フリフリの重ね衿をあしらった今風の着物を着た女の子たちがカメラマンに向かってポーズを取っている。境内の中には、ここしばらく見なかったたこ焼きやチョコバナナの屋台が出ていた。いかついテキヤのお兄ちゃんたちが店の前でしゃべっているから、逆に客が寄り付かない。境内もこれまでに比べると人が多く、お参りをするのに少しだけ並んだ。
鈴の緒を振って柏手を打つ。隣にはずいぶん前から手を合わせてぶつぶつ言っている老人がいる。「○○の症状がひどくなりませんように…」などとひたすら声に出しているので、気が散る。それでも気を取り直して、私は私の報告をする。
また来ました。これからいろいろ始まります。がんばります。一生懸命仕事します。なので、どうか。どうか。みんなが元気でいられますように。怖い目にあいませんように。がんばりますので、どうか。
”儀式”はあっという間に終わる。踵を返して門へ向かう。テキヤの兄ちゃんたちの立ち話をすり抜け、着物の女の子たちの撮影会を横目に、ゴロゴロを引いた人をやり過ごしながら、今度は四条通北側をまた駅に向かって歩いていく。
そして「エゴイスト」を見て帰宅した10分後、オシメ様が帰ってきた。 「ただいま」というオシメ様を広げたPCの前に座った私は「おう、おかえり」と迎えた。
こうして私だけの休暇は終わったのだ。